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梅雨っぽい話
2010/6/2 (水)
インターネットの世界に入ったのはテレホーダイがどうの、ISDNがどうのという時代だった。

そのころは、コンピュータ、プログラム、ネットワークの知識を含め、わからなきゃ自分で調べろ、というのがネット社会の常識だった。
そしてそんな当時のネット上のやり取りは、自分の名前、メールアドレス、所属などを開示した上で発言するのが当たり前だったから、発言する際にはそりゃもう背筋正して何度も推敲して投稿したものだった。
書籍等を読み、自ら実際に試行錯誤し、それでも分からないときにネットで質問するのであり、その質問も自らが分かればよいのでなく、同じようなことで躓いている人にも役に立つようにSubjectにも気を使い、どのようにして解決したかも報告することを前提として聞くのだ。

今の何でも分からないことはネットで質問して、答える方も『自分はこう思う』程度の裏づけのない適当な答えをし、答えてあげたらポイントが付いてなんてのとは180度違う。
今でも『ググレカス』と一蹴されることもあるが当時は、自ら調べる努力をせず安易に人に質問をするような人間に対して教えることの無意味さを理路整然と説いたり、敢えて専門用語を並べまくって回答したりと今より遥かに人間の心に深い打撃を与える答えが返ってきていた。

そのころのコミュニケーションツールは、ニュースグループが主でだんだんとメーリングリストなんかも盛んになってきた頃だった。
BBSなんてのはまだまだ珍しく、しかもその当時のネット住人達にとっては子供のおもちゃのような感覚だった。
ウェブサイトも○○についてはここ、△△についてはここ、というように数も少なくて、1冊の雑誌に主要なサイトが網羅されているくらいだったから。
個人でサイトを作っているのもまだ珍しく、ちょっと変わったことをしていると簡単に雑誌に掲載されたりしていてKaiの作っていたサイトも数誌に紹介された。

なんでこんな昔話をしているかというと、今日たまたま、そんな時代にお世話になったフリーソフトの作者のサイトを覗いてみたら、勤めていた会社を辞めて職探しをしている様子を書き綴っていたのを見たからだ。
件のソフトウェアの開発も止めてしまっているらしい。
切なかった。
昔ながらのデザインのウェブサイトを今流行のブログ風に使っていたのも切なさを増加させた。

以前も似たような気持ちになったことがあった。
日記サイトブームというのがあったころ、不思議な魅力を持つ文章を書くサイトを偶然見つけた。
今は人に伝えたいという思いも、基本的な文章能力もない、無駄な文字の羅列ばかりのブログが盛んだ。
検索でヒットしたブログを見ても『よく分からないけど、なんだかいい感じっぽいですよ〜』とか書いてあり、腹立たしく思うことが多い。
日記とブログは意味としては同じようなものだが、当時の日記サイトというのはそれなりに文才のある人が書いていて読み応えのあるものが多く、作品の発表の場としてそれなりの思い入れをもってアップロードされているものであり、『誰でも』『気軽に』の場ではなかった。
そのサイトも久しぶりに覗きに行ったとき長らく更新が滞っており、その後トップページだけが残り中身はすべて削除され、そしてしばらくしてトップページも消えた。

会ったことも、メールのやり取りすらしたこともなく、一方的にそのサイトを見たり、ソフトウェアを利用したりしていただけの、関係ともいえない希薄な繋がりなのにこんな切ない気持ちになり、その切ない気持ちも相手には届くことはないし、届くことを期待していない不思議な感覚。
今のブログやTwitterでネットを楽しんでいる人たちも同じような気持ちになる日がくるんだろうか。
レーシック
2010/6/7 (月)
Kaiは年季の入ったド近眼だ。
小学校2年生のときからメガネをかけ、視力測定のたびにメガネを作り直し、そのうち視力測定のときは線より前に歩いていって見えたところで手を上げるという特別プログラムだった。
常に最新の薄型レンズにしていたけれどそれでも重く分厚かった。
高校生になって、いよいよメガネでは重すぎてたまらんということでコンタクトレンズにした。
メガネに比べると快適になったものの、目に常に異物感があったり、洗浄が面倒だったり、旅行などのときに予備を用意したりと、やはり身体的、精神的に負担がかかった。
そんなときいつも、空想の世界で目がよくなる手術があればいいのにと思っていた。

で、昨今。
その夢が現実となって手術によって視力が回復できるようになってきた。
けれども、最初の頃はメスで人間が直接目を切るような最新というよりも未開の地の儀式のようなことだったのでとても受けたいとは思えなかった。

ところがここ数年、レーシックが発達し安全に手術できるようになって来た。
そろそろ受けようか、と思っていたときに時折新聞で報道される事故。
不潔、未熟が原因だ。
レーザーを使い、プログラムされた強さ、範囲で施術するけれども、素手で角膜を触ったり器具を使いまわしたり。

これは、病院選びが重要だ。
今の世の中、情報は簡単に手に入るが、真実の情報を得るのは難しい。
単に『レーシック 病院』などと入れても、広告やアフィリエイトが出てくるだけだ。
アフィリエイトでないブログだったとしても、前後の記事を読むと、判断能力が適正であるかどうか疑わしい人物が書いていることが多い。
医院のサイトなどを技術的なところを中心に見て判断するしかない。

ということで、実績、安全性を自分で考えて医院を決めて初診を受けてきた。
清潔だけど安っぽい内装で受付には美人を置いて、スタッフは田舎のおねーちゃんが無理やりナース服をコスプレのように着ているという、コンタクトレンズ屋併設の眼科のような雰囲気。
ちょっと不安。
通常の眼科検診より3つくらい多い検査。
といってもこっちは穴から中を覗くだけ。
まばたきをしろ、といっているのかするなといっているのか、よく聞こえない。
でもって、中の絵をしっかり見ないといけないのかボーっと眺めてればいいのかもわからない。
長年いろんな眼科に通ってても、そういうことを一度も説明されたことがない

ランドルト環(Cみたいな図のどこがあいてるかというやつ)を使った普通の視力検査もした。
最初っから見えないことが判っているので、勝手に前に進み判ったところで教えるパターン。
その後、瀧 廉太郎のような眼鏡をかけて、こっちとこっちとどっちがそっち?とか言いながら(若干脚色)測定。
あれって、輪郭ははっきりしてるけどダブってるようで見えないのとぼやけてるけどなんとなく空いてる方は判るというのとニュアンスがうまく伝わらないような気がするんだけど。
青と赤とどっちがはっきりしているかといわれても、微妙だけど敢えてどちらかの色を言ってしまうときもあるし。
関係ないけど、滝廉太郎をWikipediaで調べたら、滝の妹の孫が筑紫哲也なんだって、へー。

ひとつ、角膜の厚さを測定するとかで目薬挿された後目玉を触られた、おねーちゃんに。
それ、あんたがしていいの、医者じゃなくていいの、とちょっと不安。
せめてナースだとはっきりわかる人にしてもらいたい。

その後、ドクターの診察。
年季の入ったド近眼で、コンタクト歴も長いので手術できないとか、最新の(高い)方法じゃないとできないとか、手術しても0.5くらいしか見えないかもしれないとか言われるもんだと覚悟していた。
ドクターの第一声『けっこう度が進んでますね』。
ほら、やっぱり。
『強度近視です』
あれ、最強度じゃなく?
最強度は−10Dからで、Kaiは-9Dちょっとくらいのギリギリ強度近視らしい。
コンタクトは-8.5Dと-8.0Dだけれど、裸眼だともう少し高くなるようだ。
で、角膜が通常通りの厚さがあり、細胞も通常通りなので最新の方法じゃなくてもできるらしい。
視力は出ないけど、モノ自体は優秀だったようだ。
えらいぞ、目玉!

大切な目のことなので『いっちゃんいい奴で(Copyright 雨上がり宮迫)』といいたかったんだけれど、厚さもあるし特別最新の方法でする必要がないとのこと。
最新の方は薄く削るので回復は若干早いでしょうが、とのことで医者が『いっちゃんいい奴』を強く勧めない。
何十年もド近眼を抱えて生きてきたのに、こんなに簡単な検査であっさりと、しかも通常の(最新ではない)方法で手術できるとは。
それよりもなによりも、あのおねーちゃんの測定した各種検査や『なんとなくこっちの方が見えやすいような気がしないでもないと判断するには時期尚早と言わざるを得ないという結論に至ることはやむを得ないとの意見もあることは考慮すべきであろう』というような曖昧な視力測定を元に手術しちゃっていいのだろうか。

受付のおねーちゃんは『いっちゃんいい奴』を勧めたけど、無視。
1週間後に手術の予定を入れ、眼科の名前などをインターネットの掲示板やブログに書かないというイマドキ風の誓約書を貰って帰宅。
お役所仕事
2010/6/8 (火)
おやくしょしごと【お役所仕事】
形式主義に流れ、不親切で非能率的な役所の仕事振りを非難していう語。
-大辞林-

関西に行くことがあるのでJ-WESTカードを作った。
それに伴って、このJ-WESTカードから引落ができるようにSMART ICOCAも同時に申し込んだ。
カード審査のための職場への確認電話もなく3週間後にカードが送られてきた。

SMART ICOCAには、現在持っているICOCAを手数料無料で払い戻しできる用紙がついていてICOCAエリア内の駅窓口にもってこいと書いてある。
なので、わざわざ博多駅までそのためだけに出かけていった。
すると、博多駅ではICOCAを取り扱っていないとのこと。
なんだそれ。

山陽新幹線の終着駅なのに駅構内で使えないだけでなく払い戻しなどの処理さえできないとは。
『一番近くの駅ですと、広島になります』
おいおいおいおい、払い戻しのために広島まで行かないって。

手続きくらいどこの駅でもできるようにしないと意味ないじゃん。
せめて替わりに郵送で受け付けるなりの方法を提供しようよ、JR西日本。
更新情報
2010/6/11 (金)
ボールペンの替芯(リフィール)の互換表を作ってみた。

ボールペンのリフィール互換表
レーシック手術当日
2010/6/14 (月)
まず眼圧等の検査3種類。
その日に手術を受ける全員で手術についての説明DVDを見る。
順に手術着を着せられ、キャップをかぶらせれて待合室で待機。
今まで普通の服で座ってた席が手術着を着た人に代わっていく。
その状況がおかしくて笑いそうになる。

目薬を点してまた検査して問診。
その後、待機してフラップを作る順番を待つ。

施術室まで腕を引いて連れて行かれ、施術室の中にいるおねーちゃんに引き渡される。
ぐいっと腕を引っ張られ、こちらで待機してください、といわれる。
すぐに、こちらに横になってください、と腕をぐいっと引っ張られ寝かされる。
感傷に浸る暇を与えない流れ作業の中に投げ込まれた感じ。

頭と身体を動かさないようにと念を押される。
動かすつもりはないけど、衝撃だとか痛みだとかが想像できないのでどれくらい身構えとかないといけないかが判らない。
どんな衝撃にでも耐えられるようにと思うと、身体が硬直してきた。
目を大きく開けられ、器具を入れられた。
ちょっと目に圧迫感。
その後、機械にその器具が装着されるようだ。
機械が降りてくる。
ぐぐぐっと、目が押される。
え、大丈夫なの、機械が壊れて押しすぎたりしてるんじゃないの、と不安になるが、圧迫が止まる。
音も光もないからボーとしてればいいと言われるが、自分では目を閉じてるか開けてるかも判らない。
まぁ、開眼器で無理やり開けられてるんだけれど。
25秒を5秒ごとにカウントダウン。
かすかに、目の表面を削られているような感触がある。
痛くもなんともなかったけれど、目玉ってあんなに押してもいいのかと思ったくらい押された。

両目が終わると、すぐに引き起こされ、外に連れ出される。
再び待合室で順番待ち。
水蒸気で曇った感じに見えるけれども普通どおりまばたきもしていていいと言われる。
でも、目の皮ペロンペロンの状態なんだよね、今、と思うとまばたきするのも躊躇して、薄目にして身体もなるべく動かさないようにしてた。(小心者)

全員めでたく目の皮ペロンペロン状態になったので、次はレーザー照射。
今、強盗が入ってきたらこの目はどうなるんだろうとか考えているうちに最初のレーザー照射の人が帰ってきた。
見える、見える、とジャンプしながら帰ってくるわけでもなく、手術着を脱いだ普通の格好で落ち込んだ様子で帰ってきた。
すぐさま、受付のねーちゃんが領収書を持ってきて、再発行はしないからな、と念を押されている。

名前を呼ばれる。
同じく腕を引っ張られ、中のねーちゃんに引き渡され、寝かされる。
今度は光も音もあるので赤い点滅を見ておくように言われる。
目を広げられ、目の玉をいじられる。
あー、ペロンペロンをめくられてる、と思っていると点滅だった赤い光が全体にぼんやりとした赤い点灯に変わる。
ペロンペロンがめくられたようだ。
照射がはじまる。

先ほどと同じく、5秒ごとのカウントダウン。
フラップを作るときのように目をぐっと押されてないので少しリラックスできる。
ジジジという音、何かがかすかに目に当たっているような感触、そして髪の毛がこげるときの臭い。
あー、組織が、俺の組織が今焼かれている。
手や足の皮膚の表面の組織は、生まれたときからずっと、こすれたり剥がされたりすることを覚悟していただろうけれども、目のしかも奥にある組織はそんなこと想像もしていなかっただろう。
いうなれば箱入り娘がいきなり東京ドームのステージで全世界生中継のSMショーに参加させられたようなもので、そう思うと今焼かれている組織が不憫でならなくなった。
何も悪いことしてないのに犠牲にしてしまった。

そんなことを考える暇もなく照射が終わり、またペロンペロンを戻され、刷毛で目玉を拭かれる。
必要なときは薄目を開けていいけれども、基本的に目をつぶって2時間待合室で待っているように言われる。
寝るなよ、とも言われる。
あー、そうか、だから戻ってきた人は何事もなかったかのように戻ってきたのか。

待合室はリラックスさせるためのBGMが流れ、意志の弱い人を寝かせようとしていた。

たまにおねーちゃんが目薬を点しに来る。
このときに目を開けるが、あまり見えてるという感じがない。
大丈夫なんだろうか。

長い時間が経ち、名前を呼ばれ、中に入るように言われる。
目を開ける。
んー、見えてるような見えてないような。
体験記にあるような劇的な見え方に狂喜乱舞するということはなかった。
長いこと洗浄していないコンタクトレンズを付けてるような感じ。

覗く検査2つ(1つだったか)と視力検査をするが、曇っててよく見えない。
なんとなくでもいいから答えろというおねーちゃんに急かされ、勘50%でいくつか答えると許してもらえたようでドクターのところに連れて行かれる。
フラップも綺麗に削れたし、しばらくは見え方が変わりますと言われておしまい。

待合室に戻ると誰もいない。
あれ、レーザー当てたの真ん中くらいだったのに取り残されてる。
明日の午前中くらいまでは外出時に保護眼鏡をかけてた方がいいと言われる。
かけてみると思ったより変じゃない。
まぁ、最近、馬鹿でかいサングラスだとか尋常じゃないセンスの眼鏡だとかをかけてる奴が多いのでそれに比べると普通っぽい眼鏡だ。

目の前の曇りが少し薄らいできたので片目ずつ見てみる。
んー、使い捨て2週間コンタクトの最終日のような感じ。
それに、保護眼鏡もしているのが眼鏡をかけてみているような錯覚を起こすし、外してみてもコンタクトをしてみているような気がして、どうも感動が湧き上がってこない。

3時間ごとに抗生物質と抗炎症の2種類の目薬。
1時間ごとに保湿の目薬。
当日は洗顔洗髪禁止。
麻酔が切れてるはずだけれど痛みもない。
多少、違和感はあるけれど、コンタクトを入れてるときのような違和感なので特別なことではない。
コンタクトを入れてるつもりで外そうとしないように気をつけないと、コンタクトを外したつもりがフラップを外してしまう。
寝ているときに目をこすったりしないように目に当てるプラスチックカバーをテープで止めて寝る。

翌朝。
確かに、眼鏡をかけなくてもコンタクトを入れなくてもいい。
でも、やっぱり片目ずつ見てみるとコンタクトのときの方が見えてたかな、と思うくらい。
本やパソコンは説明どおり見づらい。
渡された遠視用の眼鏡を掛けると多少マシだが、この眼鏡をかけて3mくらい先を見ると、掛けない時よりも見やすいような気がする。
どうなんだろうか。

確かに、以前はすっぴんでは何も見えなかったわけだし、眼鏡、コンタクトをしていた状態に近い見え方をしているので喜ぶべきところなんだけど、どうも素直に喜べない。
1週間後の検診までに少しはこの状況が変わるんだろうか。
レーシックの手術給付金
2010/6/17 (木)
レーシック手術を受けたので保険会社の手術給付金について調べていた。

レーシックが盛んに行われるようになってから、レーシックを受けるために保険に加入して保険金または給付金を請求し、給付されたら保険を解約するということが行われるようになったということで、レーシックを保険事故対象から外す保険会社が多くなっている。

レーシックは急を要する手術ではなく、自分の意志で手術をするもしないも、する時期も決められるので、保険会社が保険金等の給付についてある程度制限を設けるのは解る。
けれど、それは保険金等と保険料の利ザヤ目的で保険に加入することを制限すればいいのだから、加入後何年以内のレーシックには給付しない、などの制限でいいはずだ。
『病気、ケガではない』という前提で対象から外すのはおかしい。

病気とは何ぞや。
悪化すれば死ぬというのが基準なんだろうか。
身体の部位に不具合があるために日常生活に支障をきたす状態ではないのか。

眼鏡、コンタクトがなければ、家の中も歩けないような状態は充分病気だと思う。
常に眼鏡やコンタクトのことを気にかけておかなければならないというプレッシャーのため、0.1以下の視力の人のストレスが原因と見られる発病率は一般の人に比べて20%も高いというデータがネイチャーに載って・・・・いたらいいなぁと思うくらいだ。
あ、冗談が入ると説得力がなくなる。

そもそも、公的保険が切り捨ててしまう手術こそ、民間保険の存在意義があるはずだ。
まぁ、Kaiの場合、加入している保険のうち手術給付金が出る2つについては加入時期が昔々なのでどちらとも給付金が出るんだけれど、自分がよければいいのかという自分の良心に責められるのが嫌なので書いておくことにした。
まったくもって自己満足である。
乙女心がわかった気がする
2010/6/21 (月)
彼って最初は優しくって、よく話も聞いてくれてたの。
それで心も身体も彼に委ねることにしたの。
でも、身体を許した途端、彼の態度が変わったわ。
こちらの言うこともあまり熱心に聴いてくれないし、早く他のことがしたいようにそわそわしてる。
そりゃあ、最後は自分で決めたことだけど、こんなに態度が変わるなんて。

という感じのレーシックの1週間検診。
傷口は炎症を起こしてない、術前より裸眼視力が出てる、問題なし、次の人、って感じだった。

視力測定では両眼では1.2、片目ずつだと1.0出ない。
これについても、特にコメントなく、まだ傷が落ち着いてないからというだけ。
遠視でピント調節がうまくいってない状態なのか、近視が残っている状態なのか分からない。
そして将来的にだいたいこれくらいの視力なのか、もう少し見えるようになるのか、もう少し落ちたところで安定するのかが分からない。
聞こうと思ったときには、はい、それでは今日はこれだけですといわれ機会を逃した。

+1.0Dの眼鏡でもPCが見づらいというと、+1.5Dを渡された。
測定したりはしないのね。
これかけても、若干見やすいかなという程度ですっきりとしないんだけどなぁ。