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Facebookの活用に悩む
2011/12/7 (水)
災害時の家族、親族との連絡手段のひとつと思ってFacebookのアカウントを作ったものの、それでは災害が来ない限り使うことがない。
それではなんだかもったいないので、利用ではなく、どう活用するかを考えているのだが、いまだに思いつかないでいる。

いろんな人のFacebookの利用の仕方を見ても、なるほどと思うようなものがない。
何を食べたとか、どこに行ったとか、どんな本を読んだとかいうことを書いている人が多いのだけれど、興味があったら暇なときに来て見てね、というWebサイトやブログと違って、Facebookの場合はそういう情報を『友達』のニュースフィードに強制的に流すことになる。
見ている方は、『友達』なんだし、無視するわけにはいかないよなと思って『いいね!』と答える。
こういうのが、どうも性に合わない。めんどくさい。

流れてくるのは我慢するとしても、自分自身はそういうものを流そうという気がないので、もう少しマシなことを書こうと思っても、Facebookは書いたものを後で更新したりするようなことに向いていないので本当の情報提供には向かない。
単に、今これ見たよ、とか、今はこう思ってるよ、ということであれば使えるけれど、『友達』が自分のそういうたわいもない発見や経験に興味を持ってくれているというほど自分に自信がない。

そのような物足りない情報発信、情報提供でも、Webサイトを持っていない人にとってはいいのだろうけれど、Webサイトを持っている人間にとっては、それじゃ、Webサイトに載っけるよ、ということになる。

情報発信ではなく情報収集のためにFacebookを使うという使い方もあるけれど、今のところそれはTwitterで充分だ。
Twitterは匿名でFacebookは実名だからFacebookの情報の方が信憑性が高い、という意見もあるけれど、ネット上の情報に間違いが多いのは匿名とか実名とかの問題ではなく、情報を自分の頭で整理して理解、判断して、それを正確に伝えるという能力のない人が情報を発信するツールを持っていることから生じている問題だと思うので、Facebookで情報収集をすることについてTwitterに対する優位性を感じない。

Twitterは瞬間を共有している人たち同士で瞬間を楽しむもの、Facebookはそれよりも時間の流れが緩やか、という印象はある。
たとえば、これはおもしろいぞと思って投稿しても、Twitterはその投稿した瞬間にTwitterを見ている人がいなければ反応がなくて『時間をずらせばよかったな』と思うことがあるけれど、Facebookなら数日経ってから反応があることもある(ようだ、人のウォールを覗くと。)。

けれどWebサイトならば何年も前に書いたものにも反応があることがある。
直接的な反応がなくとも、検索して自分のサイトにきて、いろいろ見て回ったという足跡をみたり、自分のサイトへのリンクを張られているのを見つけたときは、自分の書いたものが世界中のうちたとえ一人の人であったとしても、その人の役に立ったのかもしれないと思うことができる。

Twitterと連動したり、Webサイトと連動することもできるけれど、それは単に無理やりFacebookを使うことにしているだけで、Facebookの活用とは違う気がする。
というわけで、しばらく悩む日々が続く。
更新状況
2011/12/9 (金)
メキシコ料理のフリホーレスもどきを作る
2011/12/27 (火)
ニンニク1片、たまねぎ半分をみじん切りにしてオリーブオイルで炒める。
缶詰のひよこ豆の水煮を投入。豆が入っていた缶2杯分の水を投入。
マッシャーなどで豆を潰す。
塩を適当に。
以上。

豆はミックスビーンズでも何でもお好きに。
簡単に作れてパンに合うおかずにも、健康的な酒のアテにもなる。
クミンを入れてみたり、カイエンペッパー入れてみたり、ニンニクを多めに入れてみたりアレンジを楽しむ。